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3ch.ゲームとどうつきあう?
2008-06-15-Sun  CATEGORY: その他
ゲームとどうつきあう?という番組。
内容はいまいちだったけど、今の世の中では考えさせられる問題だ。
ゲームの魔力はとても恐ろしい。
僕自身がほんの一年前まではゲームをやり続けていた。
小学校の高学年にゲームボーイ、高校でパソコンゲーム、大学でネットゲーム。
就職してからもネットゲームをやり続けていた。
確かにゲームは面白い。
一度やりだすと7,8時間やってしまうぐらいだった。
ゲームは目標がわかりやすくて、たやすく成功体験を得られる。
いかにも自分自身が成長しているような疑似体験。
でも、実際には無駄な時間だから、ゲームをし終わるとなんかいいようのない喪失感に苛まれる。
すると快感が忘れられなくて、また、快楽を求めてゲームへと向かう。
自分自身を成長させることだって、本当はすごい面白いことなのに、人の成長はすぐにはわからない。
だから、わかりやすい方へと流される。
本当の成長というものを知らなかったのだからある意味仕方がないのだけれども、それでもやはりもったいない。
僕がゲームから離れられたのは、真実の意味で自分自身が成長できると思ったものに出会ったからだ。
その瞬間、いままでの自分が楽しいと感じていたものと、まったく違う感覚の楽しさがそこにはあった。
それからぱったりとゲームはしなくなった。
結局、ゲームに熱中している子供達も、本当に自分が求める楽しいものに出会ってないだけなのだ。
出会えば必ずやる気がなくなる。
でも、子供のうちに出会えるやつなんてほとんどいないから、親は心を鬼にして、その子供が本当に求めるものに出会ったときに、それを自分の力で掴み取れるだけの素養を形成させておいてあげる必要がある。
ゲームを完全に禁止にするのがいいのかどうかは、僕にはわからない。
だが、僕が感じている確かなことは、ゲームに費やした僕の時間は、なにも生み出していないということだ。
充実感も何もない、ただ、脳に楽しさを感じさせるだけの表面的な時間。
これっていうのは、ゲームだけに当てはまるものではない。
テレビや映画や、多くのスポーツにも当てはまる。
所詮はどれもゲームと同じで、特定の枠の中で蠢いているだけだ。
スポーツは違うという人はいるとは思うけど、体を動かすという利点があるだけで大した違いはない。
ただ、可能性があるとすれば、スポーツを通じて自分の体と対話し、自分の精神の動きと対話し、それを自分自身の成長に結びつけるまでいける人間はいるかもしれない。
そこまで追求できるのであれば、スポーツはゲームとは違うとも言えるかもしれない。
その点で武道というものは、精神というものを大切にしていた。
だから武道は人の成長と密接に繋がった。
今はなんでもかんでも形式ばるだけでその真髄は忘却されていることが多いから、武道でも難しいとは思うけれども、少なくとも過去には武道にそういう精神性は存在したのだと思う。
善良なる魂の主は実は忘却するものなのである、という。
しかし、今の日本は忘却すべきものを忘却しないで、忘れちゃいけないものを忘却している。
なんとも難しい世の中である。
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